経済学 · 進路
方向はいくつもあり、一つだけということはありません。それぞれが、自分の訓練のどこが再利用できるか、卒業生に何が欠けがちか、入口の現実、そしてこの学期に試せることを一つ述べます。このページは専攻を評価しません —— 評価は業務の上に置かれるので、どの方向でもたどってその職業のページまで進んでください。
どこへ通じうるか#
信用と融資の判断
業務水準の分析 →- 持ち越せるもの
- 逆選択と道徳的危険こそが融資の経済学であり、あなたはそれをその名前のままで習っている。価格をこう決めたときに申し込んでくるのは誰か、そして金が届いたあとに借り手は何をするか。職業ページは例外——収入は本物なのにそう見えない自営業の申込者——を、モデルには見つけられない案件として書いている。例外とは定義からして、モデルが採点を誤った案件だからである。その形を見分けること、それがこの学位が三年かけて反復させていることである。
- 卒業生に欠けがちなもの
- 卒業生はたいてい、信用の理論を持って来て、商品のほうは何も持っていない。与信の通知書に何が書かれているのか、担保とは実際のところ何なのか、一件の書類一式がどう組み上がるのか。この隙は以前より高くつく。書類を集めることこそ、職業ページが「自動化されつつある」と印している業務であり、そして商品の知識はかつてその段で拾われていたからである。卒業生が見くびっている二つ目は、演習問題で一件を断ることと、向かいに座っている人に断ることの違いである。
- 入口の現実
- どちらの市場でも銀行の新卒採用は経済学の卒業生を与信や渉外の職に入れており、いまも広いほうの門の一つである。ただし、一つ上の学年より小さい新人の受け入れを見込んでおくこと。その人数を養っていた書類の準備は取り除かれつつあり、その上の判断を身につけるのに要した数百件の書類を何が置き換えるのかは、誰も述べていない。署名する前に二つ聞くこと。自分の決裁権限はいくらになるのか、そして自分と同じ等級の人について、それが最後に動いたのはいつか。
本物の与信申込の書類一式を一つ手に入れること——実習先のもの、銀行が公表している小規模事業者向け融資の確認表、あるいは家業の手元にある一式でよい——そして、その項目を二つの表に振り分けて一枚にまとめること。誰かがすでに持っている記録に照らして仕組みが確かめられるもの。そして、人が一言たずねなければならないもの。二つ目の表が、あなたがやることになる仕事である。
規制、競争政策、そしてコンプライアンスの職能
業務水準の分析 →- 持ち越せるもの
- 経済学は、市場がうまく働いているかを規制当局が判断するのに使う学問であり、その筋道はそのまま、規制を受ける会社の第二線に移る。その規則が何を防ごうとしているのか、実際には何を引き起こすのか、そして書き上がったその版で得をしたのは誰か。職業ページは、法規を読むことの難しいほうの半分を「その条文がこの会社のどの工程に落ちるのかを知ること」と名指ししている——仕事がどう組まれているかについての問いであって、文章についての問いではない。
- 卒業生に欠けがちなもの
- 卒業生はたいてい、規制の語彙と記録を残す規律を欠いており、この仕事のどれだけが「何年もあとに来る検査官に耐えなければならない記録」なのかを見くびっている。二つ目の隙はこの学位に固有のものである。経済学は、ある規則について面白いことを言えば褒める。この仕事が褒めるのは、それについて紙の上では退屈に書き、四半期に一度ほどの会議で面白く話すことである。
- 入口の現実
- 採用は安定している。シンガポールには規制当局が一つ、加えて経済学の卒業生を直に採る免許業者の一群がある。前線の部署より競争が薄いのは、金融を学ぶ学生のあいだで格が低いと見られているからで、それはあなたが使える有利さである。職業ページを、技術とはまったく関係のない一つの事実のために読むこと。コンプライアンスの職能が、自分の取り締まる当の事業部門に報告を上げているかどうか——それはどんな道具よりもこの仕事を決めるし、面接でそれを聞いてよい。
自分の市場で公表された意見募集の文書か規制影響評価を一つ見つけ、その文書が言っていない二つのことについて一枚書くこと。その規則がどの行動を変えることを見込んでいるのか。そして、会社が実際にやっていることを変えずに、何かの分類をつけ替えることで従うことがどうすればできるのか。その一枚を面接に持って行くこと。ほかの誰も書いてきていない。
測ることと、応用の分析
業務水準の分析 →- 持ち越せるもの
- 計量経済学を、一つの会社の自前のデータに向けたもの。職業ページはその業務のうち二つを「いまも人が主導」と印している——本当は何が問われているのかを割り出すこと、そしてデータがいつ嘘をついているかを知ること——そのどちらもこの学位の芯である。その数字が何と何の比較なのか、そして誰かが定義を変えたその月に、その系列に何が起きたのか。経済学の卒業生にはもう一つ珍しいところがある。ある推定が何を確立していないのかを書き下すよう反復させられてきたことであり、それは事業の側がほとんど手渡されたことのない一文である。
- 卒業生に欠けがちなもの
- コード。しかも授業の課題が決して届かない規模のものである。多くの経済学の卒業生が統計のソフトを使ってきた相手は、手元の機械に収まり、すでに一度整えられたデータ群である。この席が求めるのは、誰も文書を残していない表に対するSQLである。二つ目の隙は問いの向きである。授業の課題はデータ群から出発して結果を見つけるが、この仕事は管理者の漠然とした不安から出発し、データに触れる前に、そもそも何なら答えとして通るのかを決めなければならない。
- 入口の現実
- 分析の部署は実際に経済学の卒業生を採るし、その席は動き続けている。職業ページが書いているのは、分析者の労力が「問いに答えること」から「ほかの全員が自分で答えられるようにする指標の定義を持つこと」へ移っていることである。同じページは、その移動について正直なことも書いている。定義の仕事は一つの組織に一つで、それが置き換えた仕事より小さい。だから最初の分析の職は、終着点としてではなく、一つの事業のデータに二年かけて近づく場として扱うこと。このページの残りを成り立たせているのは、その近さである。
自分の大学が自分について公表している数字を一つ選び——卒業後の就職、学級の規模、入学者——それがどう計算されたに違いないかを組み立て直すこと。それを作った人が下さざるをえなかった三つの選択と、そのうちどれがその数字を最も動かすかを書き出すこと。その一枚は、面接では試せないものを見せる作品になる。
機関のなかで研究と政策分析をする
- 持ち越せるもの
- 学位の全部を、教わった順番のままに。何が起きるはずかを述べる理論、それが実際に起きたのかを調べる識別、そしてその推定が何を決着させていないのかを述べる文章。課程表が実のところ中心に据えて設計されている行き先はここであり、だからこそこれは既定の方向のように感じられる——そして既定の方向ではない。
- 卒業生に欠けがちなもの
- 卒業生はたいてい、自分のものだった完成した作品を持っていない。指導教員がつき締切に向けて書かれた卒業論文は、自分で選び、失敗し、答えられるところまで絞り込んだ問いと同じ作品ではない——そして研究助手の職が選んでいるのは後者である。卒業生が見くびっているもう一つは、この道筋が何かを支払い始めるまでの長さである。助手の職、そのあとに博士。それは計画というより十年に近い。
- 入口の現実
- 中央銀行、省庁、競争当局、国際機関、大学の研究室が博士課程前の研究助手を採っており、シンガポールではそのうちのいくつかが地元で公然と募集している。職は少なく、選考は名前の出る推薦者と執筆の見本に寄りかかり、助けること以上の位置には博士号が門として立っている。ここで本サイトが何を渡せないかも記しておく。VOLOには経済学者や政策研究者の職業ページがないので、業務ごとの分析として送り出せるものがない。それは私たちの欠けであって、この方向が手つかずだという判断ではない。
自分が気にかけている分野の論文から、公表された表を一つ、著者自身が公開しているデータを使って再現し、どこが合わなかったのかを一段落書くこと。再現は、自分に研究ができるという証明として手に入るなかで最も安く、学部生でやった人はほとんどおらず、そして終えたあと、推薦者はあなたについて温かいことではなく具体的なことを言えるようになる。